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IUPAC 有機命名法: 実践ガイド
系統名がどう組み立てられるかを、演習と併読できる形でまとめた実践的な入門です。命名の際に実際におこなう判断を、判断する順番どおりに扱います。これは要約であり、IUPAC 勧告そのものの代わりではありません。
1. 名前の構造
系統名は、つねに同じ順で並ぶ四つの部分から組み立てられます。置換接頭辞、母体(主鎖または環)、不飽和の語尾(-ene / -yne)、主基の接尾辞です。位置番号(何がどこに付くかを示す数字)は、それが指す部分のすぐ隣に入ります。たとえば 4-chloro-3-methylpent-2-en-1-ol は、二つの接頭辞(chloro, methyl)、炭素5個の母体(pent)、二重結合(en)、主基の接尾辞(ol)が、それぞれ番号を伴って並んだものです。
2. 母体鎖を選ぶ
母体は、残りの名前がぶら下がる骨格です。最初の実質的な判断であり、ここを誤ると以降のすべての手順に波及します。
- 主基(次節)を含む鎖を選ぶ。主基を含まないより長い鎖があっても、主基を含む鎖を優先する。
- 候補のうち、骨格原子の数が最も多い鎖を選ぶ。
- 長さで並んだら、二重結合・三重結合の数が最も多い鎖を選ぶ。
- なお並ぶなら、接頭辞として挙がる置換基が最も多い鎖、次いで位置番号が最小になる鎖を選ぶ。
鎖の長さが語幹になります。炭素1〜10個は meth, eth, prop, but, pent, hex, hept, oct, non, dec です。
3. 主基と序列
複数の官能基をもつ分子では、ただ一つを主基(principal characteristic group)に選び、接尾辞で表します。残りはすべて接頭辞に降格します。どの基が主基になるかは、次の序列(高い→低い)で決まります。
カルボン酸 > エステル > アミド > ニトリル > アルデヒド > ケトン > アルコール > アミン
主基にならなかった基は接頭辞に変わり、その際に形も変わります。降格した C=O は oxo-、-OH は hydroxy-、-NH₂ は amino-、-OR は alkoxy- になります。二つの仲間はそもそも主基になりません。エーテルとハロゲン(fluoro, chloro, bromo, iodo)はつねに接頭辞です。
ケトンとアルコールを併せもつ分子では、ケトンのほうが序列で上なので、ケトンが接尾辞(-one)になり、アルコールは hydroxy- に降格します。たとえば 4-hydroxybutan-2-one であり、2-oxobutan-1-ol ではありません。
4. 番号付け: 最小番号の規則
母体が決まったら、その原子を一端から番号付けし、重要な特徴に最小の番号がつくようにします。優先順位は次の順に適用します。
- 主基に、可能なかぎり小さい位置番号を与える。
- 並んだら、二重・三重結合の組に最小の位置番号を与える。
- なお並んだら、すべての接頭辞置換基の組に、集合として最小の位置番号を与える。
- それでも並んだら、アルファベット順で先に来る置換基に小さい番号を与える。
「集合として最小」とは、位置番号を昇順に並べ、最初に差がつく箇所で比べることです。{2,3,6} は {2,4,5} に勝ちます。3 < 4 だからです。
5. 接頭辞とその順序
接頭辞として挙げる置換基は、位置番号ではなくアルファベット順に並べます。倍数接頭辞(di, tri, tetra)は数を示すために付けますが、アルファベット順を決めるときは無視します。「dimethyl」は d ではなく m で並びます。囲み記号を伴う複雑な置換基(例: dimethylamino)は最初の文字で並べ、倍数には bis, tris を使います。
3-ethyl-2-methylhexane では、ethyl(e)は位置番号が大きいのに methyl(m)より先に挙げます。並びがアルファベット順だからです。
6. 二重結合と三重結合
不飽和は語尾で示します。-ane(飽和)が、C=C では -ene、C≡C では -yne になり、多重結合の最初の原子の位置番号を伴います。両方あるときは ene が yne に先立ち、番号の選択が残るなら二重結合が小さい番号を取ります。母音で始まる接尾辞の前では母体末尾の -e を省き(pentan-2-ol、pentane-2-ol ではない)、子音の前では残します(pentane-2,4-dione)。
7. 環と環系
飽和の環は接頭辞 cyclo- を取ります(cyclohexane, cyclopentanol)。環と鎖が母体の座を争うときは、主基を含むか骨格原子が多いほうの環が母体になり、そうでなければ鎖が母体で環は置換基(cyclohexyl)になります。ベンゼン由来の環は慣用名が多く残されており(toluene, phenol, aniline, benzoic acid)、それ自体が母体として働き、置換基は位置番号が最小になるように番号付けします。
8. 立体化学
二重結合の E/Z
C=C の各炭素で、結合した二つの基を CIP 優先順位で比べます(原子番号が大きいほうが上位。同点なら外側へ一原子ずつ辿って決める)。優先順位の高い二つが同じ側なら Z(zusammen、一緒)、反対側なら E(entgegen、反対)です。
不斉炭素の R/S
不斉炭素上の四つの基を CIP 優先順位で 1(最上位)〜4(最下位)に並べます。最下位の基が自分から見て奥を向くように分子を置き、1→2→3 を辿ります。時計回りなら R(rectus)、反時計回りなら S(sinister)です。くさび表記では、実線くさびが手前、破線くさびが奥です。最下位の基がすでに破線くさびにあるなら、その回り方をそのまま読めます。
立体記号は名前の先頭に、イタリックで括弧に入れて置きます(例: (2R,3S))。meso 化合物は不斉炭素をもちますが分子内に鏡面をもつため、各中心には記号がつくのに分子全体としては非キラルです。
9. 旧式と新式の番号表記
現行の IUPAC 表記は、各位置番号をそれが指す部分の直前に置きます(butan-2-ol, hex-3-ene, pentan-2-one)。古い教科書は番号を前に出します(2-butanol, 3-hexene, 2-pentanone)。どちらも同じ構造を指します。授業が求める流儀を使えばよく、アプリのトグルでそれに合わせられます。
10. 手早いチェックリスト
- すべての官能基を洗い出し、序列が最上位のものを接尾辞にする。
- それを含む最長の鎖(または環)を見つける。それが母体。
- 主基が最小番号になるよう番号付けし、次に多重結合、次に接頭辞で調整する。
- 残りの基を接頭辞として命名し、位置番号を付けてアルファベット順に並べる。
-ene/-yne の語尾を付け、必要なら末尾の -e を省く。
- 立体記号(
E/Z・R/S)を先頭に付ける。
- 読み返す。すべての位置番号が意図した場所を指しているか。
これらの判断は「フラッシュカード」「クイズ」で練習できます。「学ぶ」タブには各官能基の例題があります。